ARTICLE

業務棚卸しの進め方|棚卸し表の項目・年間工数の計算式・自動化候補の優先順位づけ

目次

業務棚卸しとは、部門が行っている業務を「業務名・頻度・1回あたりの時間・担当者・使うシステム・成果物」の単位で一覧化し、年間工数に換算する作業です。 自動化やシステム導入の前にこれを行うのは、どの業務にどれだけ時間が使われているかが数字で分からないと、投資の順番を決められないからです。この記事では、棚卸し表の項目と粒度、年間工数の計算式、自動化候補を効果×難易度で優先づけする方法を、5業務の数値例つきで解説します。

業務棚卸しとは何か、なぜ自動化の前に必要か

DX(デジタルトランスフォーメーション)RPAの導入が「ツールを入れたが使われない」で終わる原因の多くは、対象業務の選び方にあります。目立つ業務や声の大きい部門の業務から着手すると、年間工数で見れば小さい業務に投資してしまうことが珍しくありません。

業務棚卸しは、この判断を数字に置き換えるための現状把握です。経済産業省のDX推進指標(2019年策定、2026年2月改訂)も、経営ビジョン・戦略・ITシステムの現状を自己診断することから始める構成になっており、「現在地を測ってから投資する」という順序は行政の指標でも同じです。

棚卸しの成果物は次の3点です。

成果物 内容 使い道
業務一覧(棚卸し表) 業務ごとの頻度・時間・担当・システム・成果物 年間工数の算出、自動化候補の抽出
年間工数の集計 業務別・担当者別の年間時間と金額換算 投資の優先順位、稟議の根拠
優先順位表 効果×難易度で並べた改善候補 着手順の決定、四半期の改善計画

BPR(業務改革)のように業務を抜本的に設計し直す場合も、出発点は同じ棚卸し表です。

棚卸し表の項目と粒度

棚卸し表の列は次の8項目に絞ります。項目を増やすほど記入されなくなるため、後から必要になった列は追加すればよいという考え方で始めます。

項目 書き方 記入例
業務群 部門の主要な仕事のまとまり(3〜6個) 請求・入金管理
業務名 動詞で終わる1行(「〜を作成する」) 請求書を作成して送付する
きっかけ 何が起きたら始まるか 月末の締め処理、受注確定
成果物 何が出来上がるか 送付済みの請求書PDF
頻度 日次・週次・月次・随時と、月あたりの回数 月次、120件/月
1回あたりの時間 分単位。平均でよい 15分
担当者数 同じ業務をしている人数 1人
使うシステム 入力元と出力先 販売管理システム→Excel→メール

粒度は1人が、1つのきっかけから、1つの成果物を出すまでを1行にします。「請求業務」は大きすぎて時間を答えられず、「請求書のPDFを開く」は細かすぎて行数が爆発します。1回あたりの時間を分単位で答えられるかどうかが、粒度が適切かの判定基準です。

業務群→業務名の2階層にとどめ、作業手順(業務の中の操作)は棚卸しの段階では書きません。手順が必要になるのは、自動化候補に選ばれた業務の要件定義の段階です。

年間工数はどう計算するか

年間工数は次の式で求めます。

  • 年間工数(時間) = 1回あたりの時間(分) ÷ 60 × 月あたりの回数 × 12 × 担当者数
  • 年間の金額換算 = 年間工数 × 時間単価(人件費を時間に直した単価。例では4,000円/時)

営業事務部門の5業務で計算した例が次の表です。

業務 1回あたり 回数/月 担当者数 年間工数 金額換算(4,000円/時)
受注データを基幹システムに転記する 10分 200件 1人 400時間 160万円
請求書を作成して送付する 15分 120件 1人 360時間 144万円
見積書を作成する 30分 40件 1人 240時間 96万円
問い合わせに一次回答する 8分 300件 1人 480時間 192万円
週次の売上報告資料を作る 120分 4回 2人 192時間 77万円
合計 1,672時間 669万円

5業務だけで年間1,672時間、金額にして約669万円です。1回8分の問い合わせ対応が最大の480時間になっているように、1回の時間が短くても回数が多い業務が上位に来るのが棚卸しでよく起きる発見です。感覚では「見積書が大変」と言われがちですが、年間工数では問い合わせ対応と受注転記が上回ります。

時間単価は、工数見積もりと同じく人件費の総額(給与+法定福利費など)を年間労働時間で割った値を使います。給与だけで計算すると効果を過小評価します。

自動化候補の優先順位はどう決めるか

優先順位は、効果と実現難易度の2軸で決めます。

  • 効果: 年間工数(時間)。目安として年間300時間以上を「効果大」とする(部門規模で調整)
  • 実現難易度: 次の3つに当てはまる数が多いほど高い。①人の判断が入る(例外の扱いを都度決めている)②例外が多い(月の件数の1割超が例外処理)③システム連携が必要(入力元と出力先が別システムで、APIやエクスポート機能がない)
効果×実現難易度の優先順位マトリクス(営業事務5業務の例) すぐやる(効果大 × 難易度低) 計画してやる(効果大 × 難易度高) 手が空いたら(効果小 × 難易度低) 手作業のまま改善(効果小 × 難易度高) 受注データ転記 400h 定型・連携機能あり 請求書作成・送付 360h 例外は月1割未満 問い合わせ一次回答 480h 判断が入る → AI補助を検証 週次報告資料 192h BIツールで置き換え可 見積書作成 240h 判断・例外多 → テンプレ化で短縮 300h 実現難易度(判断・例外・システム連携が少ないほど右)→ 低い 高い 効果(年間工数)→ 大 見積書作成は判断と例外が多く効果も閾値未満。自動化より入力テンプレ化で1回30分→20分を狙う方が早い
問い合わせ一次回答は最大の480時間だが判断が入るため「計画してやる」、請求書作成は「すぐやる」に分かれる。効果だけで並べると、難易度の高い業務に最初に手を付けて止まる

4象限の扱いは次のとおりです。

象限 扱い 手段の例
すぐやる 四半期内に着手。効果が確実で失敗しにくい システム間連携、RPA、ノーコードツール
計画してやる 判断部分を切り出してPoCで検証してから 生成AIによる一次回答案の作成、人の確認を残す運用
手が空いたら 小さく効く。他の案件の合間に BIツールでの自動集計、テンプレート化
手作業のまま改善 自動化せず、手順とテンプレートの整備で時間を縮める 入力テンプレート、チェックリスト、承認段階の削減

「手作業のまま改善」は諦めではありません。判断と例外が多い業務を無理に自動化すると、例外処理の設計と保守に自動化の効果以上の工数がかかります。人の判断が入る業務をAIに任せられるかは、AI業務仕分け診断のように定型性・検証可能性・失敗時の影響の観点で個別に判定します。

棚卸しの進め方(6ステップ)

  1. 範囲と目的を決める(1日): 部門1つ、10〜20人を上限にする。目的は「自動化候補の抽出」「属人化の解消」「システム更改の要件整理」のいずれか1つに絞る。目的によって集める項目が変わる
  2. 業務群を先に置く(1日): 部門長と30分で、部門の主要な仕事のまとまりを3〜6個決める。これがないと担当者ごとに粒度がばらつく
  3. 担当者ヒアリングで業務を書き出す(1週間): 1人30分。「朝から順に何をしているか」「月末・月初だけやることは何か」「1回何分か」の3つを聞く。時間は平均でよく、精度より漏れのなさを優先する
  4. 棚卸し表を統合して年間工数を計算する(2〜3日): 同じ業務を別の名前で書いている行を統合し、年間工数と金額換算を出す。上位10業務で部門の工数の何割を占めるかを確認する
  5. 難易度を判定して4象限に置く(1〜2日): 効果の閾値(例: 年間300時間)を決め、上位業務について判断・例外・システム連携の3点を確認して配置する
  6. 着手順と効果測定の方法を決める(1日): 「すぐやる」から着手順を決め、業務ごとに「1回あたりの時間が何分から何分になれば成功か」を決める。稟議に出す場合は、年間の金額換算と投資額から回収期間とROIを計算する

全体で2〜3週間が目安です。全社を一度に棚卸しすると数ヶ月かかり、集計が終わる頃には熱が冷めているため、部門単位で回して結果を先に出します。

よくある失敗

  • 粒度がそろっていない: 「請求業務(月40時間)」と「請求書のPDFを開く(1分)」が同じ表に並ぶ。「1人・1きっかけ・1成果物」の単位に統一する
  • 精度を上げようとして測定に時間をかける: ストップウォッチで1週間計測するより、平均で聞いて2日で一覧にする方が価値がある。精度は自動化候補に絞ってから上げる
  • 1回の時間だけで判断する: 「1回8分の問い合わせ対応」を軽視し、年間480時間の最大業務を見落とす。必ず年間工数で並べる
  • 効果だけで優先順位を決める: 難易度の高い見積書作成から着手して例外処理の設計で止まり、自動化そのものへの信頼を失う。効果×難易度で決める
  • 棚卸しを「やった」で終わらせる: 一覧を作ることが目的化し、着手順も効果測定も決めないまま資料が眠る。6ステップ目まで含めて棚卸しと定義する
  • 担当者に「無駄な業務」を聞く: 自分の仕事を無駄とは言わない。事実(頻度・時間・成果物)だけを聞き、無駄かどうかは年間工数と成果物の使われ方から判断する

まとめ

  • 業務棚卸しは、業務を「1人・1きっかけ・1成果物」の単位で一覧化し、年間工数に換算する現状把握。自動化やシステム導入の投資順を決めるための土台
  • 棚卸し表は8項目に絞る。年間工数 = 1回の時間(分)÷60 × 月の回数 × 12 × 担当者数
  • 1回が短くても回数の多い業務が上位に来る。感覚ではなく年間工数で並べる
  • 優先順位は効果(年間工数)×実現難易度(判断・例外・システム連携)の4象限で決め、「すぐやる」から着手する
  • 部門単位で2〜3週間。精度より漏れのなさと速さを優先し、着手順と効果測定まで決めて終える

DX・BPR・属人化・ノーコードなど、この記事で使った用語の定義はDXの用語集にまとめています。自動化の投資対効果の計算はRPAの投資対効果、自動化候補を検証する進め方はPoCの進め方を参照してください。

🧰 関連ツール: 棚卸しの前に自社のデジタル化の現在地を10問で確認するならDX成熟度診断、業務ごとに「AIに任せてよいか」を仕分けるならAI業務仕分け診断ツールが使えます。年間工数の金額換算と投資額から回収期間を出すには投資対効果(ROI)計算ツール、改善プロジェクト自体の工数見積もりには工数計算ツールがあります。

よくある質問

業務棚卸しとは何ですか?

部門が行っている業務を「業務名・頻度・1回あたりの時間・担当者・使うシステム・成果物」の単位で一覧化し、年間工数に換算する作業です。どの業務にどれだけ時間が使われているかを数字にすることで、自動化やシステム導入の投資の順番を決められるようになります。DXや業務改善の最初の工程に位置づけられます。

業務はどのくらいの細かさで書き出せばいいですか?

目安は「1人が、1つのきっかけから、1つの成果物を出すまで」の単位です。「請求業務」では大きすぎ、「請求書のPDFを開く」では細かすぎます。「請求書を作成して送付する(15分)」のように、1回あたりの時間を分単位で答えられる粒度にそろえると、年間工数の計算と自動化の検討がしやすくなります。

年間工数はどう計算しますか?

年間工数(時間) = 1回あたりの時間(分) ÷ 60 × 月あたりの回数 × 12 × 担当者数です。例えば1回15分・月120件・担当1人なら、15÷60×120×12×1 = 360時間になります。時間単価(例: 4,000円)を掛けると金額に換算でき、自動化投資の判断材料になります。

棚卸しにはどのくらいの期間がかかりますか?

1部門(10〜20人)なら、範囲の決定から優先順位づけまで2〜3週間が目安です。ヒアリングは1人30分程度で済ませ、精度を上げるより全体を早く一覧化することを優先します。全社を一度に行うと数ヶ月かかり、着手前に熱が冷めるため、部門単位で回します。